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COLUMN 4

薬物依存と闘わない

特定非営利活動法人 東京ダルク 施設長 森田 邦雅

 「薬物依存と闘う」「病気と闘う」「己と闘う」、苦難を打ち破って逆境に打ち克つ物語は日本人なら誰もが好むところですが、残念ながら依存症の回復は闘うことに主眼をおいていません。むしろ逆です。

 自助グループの第1番目のステップに「私たちはアディクションに対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた」とあります。ここにおける「無力」とは、闘わないこと、闘いを諦めることを意味しています。薬物との果てなく虚しい闘いから降りることから始めましょうと宣言しているのです。これはつまり、薬物を闘うべき相手としている限り抜け出ることのできない仕組みがあることを表現しているとも言えます。

 私がダルクにやってきた約 35 年前、よく言われたのは「闘うのをやめろ」ということでした。薬物をやめるために来たのに「闘うのをやめろ」とか「やめることをやめろ」とか言われるので訳が分からなかったのを今でも憶えています。詳しくは書きませんが、ダルクでのリハビリ生活は困難の連続で、この意味がわかるまで私の場合約3年かかりました。

 薬物を使わなければ成功、仕事と家があればそれが回復だと信じて、意気揚々とダルクを退寮するのですが3ヶ月ともちません。これを何度も繰り返し、そのたびに仲間に救われて、自助グループに通う日々を重ねました。そこでようやく気づいたのは、薬物をやめることがミーティングに行くこと、仕事や一人暮らしよりも健康な心と新しい生き方を手に入れること、「闘わない」とは何もしないことではなくて意識の方向性を変えることでした。この方向転換に欠かせないステップが第1ステップでした。そこから、私のクリーンは肩の力が抜けた自然な日々に変化しました。

 朝起きてミーティングに行き、人の話を聞いて自分の話をする、これを3回繰り返すというシンプルな毎日でした。余計なものがない単調な日々でしたが、時間が経つに連れて少しづつ自分が変えられていくことに気づきました。「闘わない」日々は「薬物を使う必要のない」日々だということにも気付きました。仕事に就き、結婚して家族にも恵まれました。以前のように、闘って勝ち取ったという感じはありません。

 「求めて、必要ならば与えられる」ミーティングで仲間が言っていました。依存症は治らないが回復可能な病気だと言われます。例えば高血圧や糖尿病と同じように、治すことにこだわるよりはその病気とうまく付き合うことを考えた方が気楽です。より良く生きるために食事制限や運動をして生活するように、私たち依存者はミーティングに行って仲間と会うことでこの病気の進行を防ぎます。ここに闘いの要素は全くありません。あるのは癒しと寛容です。

 こうして皆が回復を繋いでいくことで多くの薬物依存者は救われてきました。「闘わない」という逆説的な生き方、もしよければ皆さんも実践してみてください。意外と効果があります。